第7章 咲弥という守護者(2)
「先程はありがとうございました」
夕食の膳を並べてから、束穂は石切丸に礼を述べた。
いつもは三人が戻れば元気になる審神者であったが、今日はそうならないぐらいに衰弱してしまったのか、いまだ眠りについている。
「わたしが祓える類のものでよかったよ。とても大きいあやかしだったね」
「どうしてこの本丸にこだわっていたのでしょうか」
「仕方がない。ぬしさまは、それはそれはとても美味しそうだから」
そういって小狐丸は笑った。笑いごとではない、と石切丸は言うけれど、彼も決して否定はしない。
「おいしそう?」
「光と見るか、自分の精になるものと見るかは、その存在によるという話。やあ、こちらも美味しそうだ。一日大変だったのに、その上我らの食事までありがとう」
三日月はそう言って束穂に笑いかけた。
それへ、束穂は「いえ……」などと曖昧な言葉を返すのが精一杯だ。
今は、本丸の外は静まり返っているけれど、審神者のことが気がかりで、何をしても心がざわつく。食事だけは彼らへのねぎらいとしてしっかりと作ろうと集中をしたつもりだけれど、うまくできているのかどうかは実のところ不安に思うほどだ。
「咲弥」
うまく返事が出来ない束穂を、珍しく少しだけ強い声音で三日月は呼んだ。
「はい」
「早く眠ると良い。我らよりも、君の方が一日戦い続けたような、そんな顔をしている。洗剤とやらの使い方は我らも覚えているし、皿は洗っておこう。なに、この調子では明日の出陣はないだろうから、こちらは夜更かししても問題ない」
どくん。
束穂の鼓動が高く鳴り響いた。
嫌だ。こんな風に彼らにねぎらわれるなんて。嬉しいけれど悲しい。本当は自分が彼らをねぎらってあげたいといつも思っていたのに。
束穂は「ありがとうございます。お言葉に甘えます」と言って頭を下げる。
自分の声が震えていることに気づいて、泣きそうだと思いつつその場から去った。
縁側から庭を見れば、桜の木は新緑を見せつける広間と打って変わって静かに夜風に葉を揺らしている。
次の桜の時期なぞ、ここには訪れないのだ。そうしたらこの木はどうなるんだろう。
ここにあるすべてのものが、審神者と共に世界を去るか、形を失うのだろう。
そう。自分以外は。
束穂は胸の奥に痛みを感じつつ、叫び出したい衝動を必死に抑えるのだった。
