第7章 咲弥という守護者(2)
結界を薄くすることは可能だ。
けれど、薄くするということは破られたら一瞬で侵入を許すということだ。
束穂は神経を張りつめて、自分が張っている結界の様子を終始伺い続けた。
わかっている。審神者は、束穂の力のせいで自分が衰弱していると気付いていた。けれど束穂は束穂で本丸を守ろうとして使っている力だから、それを使うなとは言えなかったのだ。
束穂は、静かに眠っている審神者の枕元にポットを届けついでに、眠りについている美しい顔を静かに見つめた。
長い睫。形が良い鼻筋。綺麗なアーチ型の眉。肌の色素が薄いのにそこだけはふんわりと色づく唇。
お姫様のようだと思う。けれど、自分はそのお姫様を苦しめてしまっていたのだ。
(わたしは、どうしたらいいんだろう)
プロジェクトの上層部は、束穂の役割を「守護者」と名づけた。
けれど、これでは守護どころか。
少し結界を弱めたことによって、審神者は今は静かに寝入っている。申し訳ないと思いつつ少しだけ結界を強めれば、寝顔が苦しそうに歪み、息が荒れる。
ああ、やっぱりそうなんだ。
どういう理屈なのかはよくわからない。よくわからないけれど、そこには事実だけがある。
(わたしの力では、この方を守れない)
言葉にすればきっと、そんなことはない、と審神者は言うに違いない。
あなたが力を貸しているからこそ、自分の力が弱っているのに本丸を過去に遡らせることも、現代に現身を置くことも出来るし、その行き来に障害一つなく済んでいるのだと。
それも事実だったけれど、今の束穂は「だから何なのだ」と悲しみに暮れるだけだ。
「どうしたら、ここに向かってくるものを」
ぽつりと言葉にした瞬間、結界にほかの何物かが向かってくる気配を感じた。
だいぶ早いけれども、三人が戻ってきたのだ。
束穂は、そっと目を閉じた。
今までと違う「それ」は、三人が近づいて来ても動じず、ただこの本丸に入ろうと試み続けている。三人は結界をすり抜けられるように処置してあるが、一緒に「それ」がついてくることを完全に防げるだろうか。
と、その時。
突然、それまで彼女を悩ませていた「それ」の気配が消えた。
他の刀の魂のように三人に恐れをなして消えたのではない。
「あ……」
石切丸が「それ」を祓ったのだと、束穂は直感した。