第4章 近づく距離(2)
こんな風に夜中に「起こされるかも」と緊張をして眠ったことなどなく、どうにも眠りに入れずに燭台切は体を起こした。
人とほぼ同じ体になってから、眠るという行為を最初はみな恐れ、眠りにつくことができない時期が漏れなく誰にもあった。けれど、慣れというものは怖いもので、今は一度眠りに入ればぐっすりと朝まで熟睡をしてしまう。
ゆっくりと、音を立てないようにと廊下を歩く束穂の気配を感じ、燭台切はそっと障子を開けた。どうやら束穂は台所に向かっているようだった。
「燭台切さん?」
「何か手伝えるかな?」
「起こしてしまいましたか」
「いや、起きていたよ。気が張っているのか、仮眠とやらもうまく取れなくてね。手伝えることがあるとありがたいのだけど」
束穂は少しの間悩む様子を見せて、それから
「じゃあ、少しお願いしても良いですか」
と彼の申し出を受けた。
束穂はかなり早い朝食の仕込みを手早く行った。
朝起きれないかもしれないから、業務用の炊飯器二台はタイマーセットをし、豆腐と長ネギの味噌汁だけを作っておく。
その間に燭台切にはひたすらウィンナーをボイルしつつ、もう一つの鍋で大量にゆで卵を作ってもらった。それを一人ずつは盛らないで大きな皿に積み上げる。野菜が少ないがこの緊急事態、許してもらいたいと願いつつ……
「終わったよ」
「ありがとうございます」
束穂は最後に氷枕を用意し、翌朝燭台切も起きられない可能性があるから、と書置きを残して台所から出て行った。
「それを使うと熱が下がるのかい?」
「いえ、下げるためというより、寝苦しさを解消するためのものですね」
「ふうん」
「寝息がととのっていたのですが、一時間ほど前から苦しそうだったので。そろそろぬるくなっているでしょうから取り換えようと」
「勉強になるよ」
審神者の部屋に戻り、束穂はそっと「氷枕を交換しますね」と囁く。うめき声が返事として帰ってきて、燭台切が審神者の頭を起こして、束穂が枕を取り換える。
少しの間小さくうなされていたが、やがて穏やかな寝息を立て始める。その様子に安心して二人はそっと襖を閉めた。