第18章 改変の傷
長谷部は知っている。束穂が山道も気にせず歩く強い足腰を持っていることを。なのに、こんな風になんてことない庭で転ぶなんて、信じてもらえるだろうか?
違う。違うんです。そう言おうとしても束穂の口からは音は出ない。
いいや、そうじゃない。彼はそんな面倒なことなぞ考えない。礼を。まずは礼を言わなくちゃいけない。
ああ、でも……。
一気にあがる体温と、跳ね続ける心臓の音。
別に、男性の腕の中にいることは初めてではない。
遠くもあり近くもある、以前の本丸の終焉に、自分も殉じるように頑なに空間を閉じていた彼女を助けてくれた、この本丸の審神者。
力の放出によって消耗した自分を抱き締めて助けてくれたあの腕は、ありがたくもありうらめしくもあり、けれど、優しかったことを今でも覚えている。
こんなに、それが「違う」なんて。
同じように誰かの、男性の腕の中だというのに、何故こんなに違うのだろう。
恥ずかしさでどうにかなりそうなのに、彼の腕をはねのけて体を離すことはなんだか失礼な気がする。そんなところだけ妙に冷静で、けれど、やはり冷静ではなくて。
早く腕を離してくれないだろうか。緩めてくれないだろうか。
ああ、それに、どうして。
どうして、こんな時に、自分は頭巾をかぶっていないのだ。
顔を見られたくない、とうつむいて体を緊張で強張らせている束穂を抱きとめた腕が、ゆっくりと力を緩めていく。
けれど、自分の顔を見せたくない、と束穂は俯き、一度とった頭巾を被ろうとした。その手首を長谷部が掴み、彼女の行動を阻む。
「何故被る」
「見られたくないです……」
「何故だ?」
ありがとうもごめんなさいも言えないまま、こんな問答を投げられるなんて。
うらめしい気持ちになりつつ、束穂は俯く。
未だ彼の手は束穂の細い手首を捉え、彼女が顔を隠すことを許してくれないからだ。
「顔が赤いからか」
「……」
「否定しないといことはそうだということだな」
嫌だ。見られたくない。束穂は身を竦めて縮こまるとそのまま動きを止め、ただ、先程のように彼が自分を解放してくれることを待つ。
彼女は彼がそうそう気が長くはないと知っていたし、根競べなら負けない、と妙なことを考えて、必死に気を逸らそうとしていた。