第18章 改変の傷
不思議だ。
自分は、全然自分の気持ちを長谷部はわかってくれないし、自分も彼の気持ちを理解出来ないと思っていたけれど、こんなことはもうすぐにわかってしまうほど近づいていたのだ。
彼は、束穂の気持ちがわかったわけではないが、少しばかり自分の気持ちが変わったということを束穂に伝えに来たのだろう。
それが、どれほどの歩み寄りなのかわからぬ彼女ではない。
――理解されないなら、最初から自分の真意など誰にも伝わらない方がお互いのためになる――
彼は、そんなことを言っていた。なのに、伝えようと来てくれたのか。
「……それだけだ」
「あ、あの、長谷部、さん!」
束穂が自分の中で様々な思いを処理出来ず、彼に言葉を返さなかったことで、長谷部は背を向けて去ろうとする。駄目だ。今、このまま彼と別れてはいけない。
「待って……」
待ってください。
彼の腕を掴もうと慌てて手を伸ばした束穂の声は、そこで途切れた。
かつん、と音を立て、彼女の草履の爪先が飛び石にひっかかる。
あ、と思った瞬間はもう遅く……。
「おい!」
倒れそうな時にバランスを取るための腕は、長谷部を止めようと伸ばされていたため、その役目を果たさない。ぐらりと崩れる体の芯に力を入れようとしたが、飛び石にひっかかった草履が今度は横滑りをしてそれが叶わなかった。
駄目だ。無様に転ぶ。
そう束穂が観念した瞬間、その体を支える腕が伸びてきた。いや、腕一本で簡単に支えられる態勢ではない。束穂はよくわかっていなかったが、彼はそう判断して、彼女に差し出した腕で、傾く体を引き寄せた。
「気をつけろ」
「……っ!」
恥ずかしい姿を見せることになる、と観念した束穂は、いともあっさりと長谷部の腕の中に収まり、その胸に抱きとめられた。
かくん、と膝が折れてそのまま地面に座り込みそうになる束穂の体重を支えながら、ゆっくりと立たせようとする長谷部。
「あ、の」
嫌だ、恥ずかしい。
束穂は急激に上昇していく自分の体温にのぼせたように、うまく言葉が選べない。
こんな風にこの庭で転んだことなんてないのに、まるで。
そうだ。まるで、彼の気を引くためにわざと転んだようではないか。そんな、誰も疑わないだろうことがちらりと脳裏に浮かぶ。それは自意識の表れだ。