第18章 改変の傷
「顔を見せてくれないか」
「えっ」
「……俺には、やっぱり、難しい。顔を見て話をしてもわからないことが多いのに、それを隠されれば余計に」
なんと人間らしい言葉なのかと思った後で、ふと束穂は逆のことを思いつき、これまでの自分の浅はかさに気付いて頭巾の下できゅっと唇を引き結んだ。
顔を見て話した方が良いと審神者も言っていたが、それは人間らしさからではない。いや、人間同士もそうと言えばそうなのだが。
人は己を探られたくないという思いから顔を隠すものだが、それは、あくまでも人に対しての事。
彼ら刀が今まで見てきた主やその周囲の人間が、刀に対して顔を隠すわけもなく。
人間よりも余程彼らは人の素顔を見て生きてきたのではないかと、こんな時に不意に気付けば、顔を隠して話をしてきた自分は実は彼らに予想以上の心労を与えていたのではと妙な緊張が走る。
と、彼女のその沈黙を拒否ととったのか、長谷部は
「嫌か?」
と聞いてきた。その声には落胆の色が感じられる。
「いえ、嫌ではありません……」
長谷部と話せば、心が乱れることが多い。そんなときの顔を彼にこれ以上見せたくないという気持ちもある。だが、久しぶりに言葉を交わす彼を、最初からがっかりさせたくないと心を決めて束穂はそっと頭巾を取った。
夜風が冷たい。
恥ずかしさに瞳を伏せ「これで良いですか」と蚊の鳴くような声で言えば、長谷部からの返事がない。
何か自分が間違えたのだろうかとおどおどと見上げて目が合えば、
「ああ。すまん」
と遅れて返事がやってくる。
彼の頬がわずかに紅潮していることに気付かぬまま、続く言葉を静かに待つ束穂。
「……石切丸とは話したのか」
「いえ、まだ」
「そうか」
長谷部は眉根を寄せて、難しい表情を見せる。
彼の言葉から、束穂に用事があってここに足を運んだことはわかった。が、それが一体どんな用事なのかがまったく推測できず、束穂の緊張は続く。
長谷部は何かを言いかけ、それからまるで「そうではない」と言いたげに口を閉ざし、また少しばかり考えてから、ようやくゆっくり言葉にした。
「……悲しいか。石切丸が覚えてないことが」
静かな澄んだ夜の空気のせいか、長谷部の言葉がいつもよりもやたらまっすぐ響いて、胸に突き刺さるような気がする。