第16章 長谷部の選択
言いながら、束穂は少しだけ自分がヒステリックになってないだろうか、ちゃんと長谷部に届くように話せているだろうか、と耳に戻る自分の声を聞きながら思う。
彼が煩わしく思わないように、面倒だとまた簡単に斬り伏せないように。
ちゃんと長谷部は自分に歩み寄ろうとしてくれている。それも、燭台切のお墨付きだ。だからこそ、彼が自分自身に苛立って歩みを止めた時に、自分から手を差し出したいではないか。
「わからなくても、わたしのことを知って欲しい」
そう言ってから、はっとする束穂。
言葉を選んで話したつもりだった。わかって欲しいではなくて、どう考えているか知ってほしい。その気持ちを、長谷部にとってわかりやすい言葉にすればどうしたらいいのだろう……出来るだけ容易な言葉をと思って選んだそれは、思いもよらず図々しくもあり赤裸々にも感じるものになってしまった。
慌てて
「あっ、その、違うんです。違います、今のは、その」
と否定をすれば、長谷部はしばらくの間無言で束穂を見つめ、それから落胆だろう、深い溜息をついた。
その様子に体を強張らせる束穂。
「違う?俺に知られない方がいいということか?聞けば聞くほどよくわからん……」
「えっと、あの……」
「俺は、特に誰に知られたいとも思っていない。主は別だ。お前は、理解しなくてもどう考えているかだけをわかってくれと言うが、そんなものは苛立ちにしかならないだろう」
「……そうでしょうか……」
「そうだ。理解されないなら、最初から自分の真意など誰にも伝わらない方がお互いのためになる」
長谷部は一瞬も悩まずにはっきりとそう言い放った。
束穂はそっと胸元を手で押さえる。つきん、と胸の奥が痛んで、それは鼓動と同じ速度で痛みを体の内側全てへ広がっていくようにすら感じる。
あまりにはっきりとした長谷部の強い言葉に、なんだか心がねじ伏せられるようだ。
歩み寄ろうとしてくれた彼は、彼女の言葉が気に入らなかったのか、での場に立ち止まった上に大きな拒絶を突き付けて来た。
何も返事が出来ない束穂をどう思ったのか「寝ろ」と一言告げると、長谷部は刀装の保管部屋に向かっていった。
ああ、そういえば本能寺に行って戻ってきた日も、こんな風に彼は去って行って自分だけその場で残されて……。