第13章 人の心刀の心(長谷部)
「それでは、薬研さんがいらっしゃらなかったら、とんでもないことになっていたでしょうね」
「そーかもな。でも、あそこで声が出なくならなかったら、長谷部を止められたか自信がない」
静かにそう言って、薬研は束穂に苦笑いを見せた。
「俺っちは主を斬らない刀だと言われてるんだけどさ」
「はい」
「忠義のためとはいえ、刀が斬らなくなったら刀じゃないって言うやつもいる」
「そんな」
素直に束穂はそう口にした。
それは、彼女にとっては「斬らない」彼らが普段自分が見ている彼らだからだ。
言った瞬間、自分の言葉を薬研が「刀である彼らを否定する言葉」と受け取ったらどうしよう、と「あの」とすぐに付け加えようとした。
が、それをやんわりと遮る薬研。
「いや、ありだと思うよ。そういう考え方。へし切長谷部ってやつは多分そう言うだろうし、それに賛同するやつは結構いると思う。祀られたりしてた刀の中でも、自虐しつつ賛同するやつだっているんじゃないかな」
束穂はなんと言ってよいかわからず、口を引き結んで薬研を見つめるだけだ。
「自分の今の主が、自分の元の主を斬ると言えば、そりゃ仕方ないとは思う」
刀同士の戦いではなく、あくまでも人を斬るという本来の在り様を口にされると、束穂は少しだけ恐ろしいと思う。少しだけ。
(恐ろしいよりも)
どこか悲しい。
そう言ったら、彼らは怒るかもしれないけれど。
「でも、今の主が望んでいるかもわからないのに、いくら元の主で自分を手放したやつだからって、自分からその人を斬りに行くのは、刀の領分を超えてると思う。そこに私怨とかがあろうがなかろうが」
刀の領分という言葉を、束穂は静かに受け止めた。
そうか。
腑に落ちるというのはこういうことを言うのか、とそっと己の胸に手を置く束穂。
彼らは今はこうやって会話も出来て、人と変わらぬようにお互い交流をしている。
だが、顕現が揺れて声が出なくなったように、本来は声も持たず、己の意思では動くことも出来ず、人に使われるだけの存在だ。
たとえ、遺恨がある人間相手であろうと、自分が勝手に斬ることは出来ないし、逆に斬りたくない相手でも斬らざるを得ない状況も多々あるに違いない。
それを、薬研はこの姿になっても決して忘れることはないのだろう。