第13章 人の心刀の心(長谷部)
「えっ、はいっ……」
割烹着を着ていない時は襷でたくしあげている袖をおろし、束穂は頬の涙を袖で拭う。
(どうして泣いていたのかは、後で聞くか……)
それから、審神者は加州を呼んだ。
「おーーーい!加州ーー!!」
彼が声を大きくあげることは珍しい。しかも夜の本丸で。
普段、あまりどたばたと廊下を走らない加州だったが、さすがにこの状況でいつも通り振る舞えるほどの豪胆さはなく、大慌てで駆けつける。
「加州清光参りましたーーって、どうしたの、束穂。それに、そいつらなんでこんなに寝そうなの」
「加州、今から過去に本丸ごと飛ぶ」
「ええっ?今から出陣するの?」
「違う。ひとまず本能寺の変より前に……大きな歴史改変前に移動することで、その二人の顕現が揺れない、正しい歴史に引き戻す」
「え?歴史改変?」
意味がわからない、と加州は眉根を潜める。加州は歴史改変の話をまだ聞いていないのだ。
「理論としては成り立たないが、そもそもタイムパラドックスってやつも、何百年と解明されていないものだからね。過去を一度でも遡った時点で、その過去は我々の過去ではないと定義づけられた時代もあったし、歴史っていうか時間っていうものの定義も時と共に変わってきたが……ああ、やめよう。正しい歴史、という言い方は好きではないけれど、そう呼ぶ方がわかりやすいだろうからね」
ぶつぶつと呟く審神者をぽかんと見る加州。
束穂は、がくりと首を前に倒した長谷部の体を再び揺する。うっすらと長谷部は瞳を開いたが、彼の目が束穂を映しているかどうかは定かではない。
眠たい時は指を刺激をすれば良いと聞いたことがある、と長谷部の手袋を外し、ごつごつとした大きな手を両手で掴む。
そうこうしていれば、隣で薬研もうつらうつらして、今度は束穂の体にどん、と倒れてくる。
「あーー!もう!なんかわかんないんだけど!」
それにはさすがに加州が助けに入り、薬研を抱き起こしてぶんぶんと体を揺する。
「で、俺はぁ、他に何をすれば?」
「長谷部と薬研の具合が悪く、それには過去に遡らないといけないと皆に伝えて欲しい」
「わかった」
「明日、朝食後に説明をするよ。今日は遅いからきちんと眠るように伝えておくれ。それが終わったら戻ってきてくれ」
「はぁーい」
いつもより少し焦りを含んだ声で返事をし、加州は部屋を出て行った。
