第13章 人の心刀の心(長谷部)
束穂は、思ったよりも長谷部がイライラしていないな、とふと思った。
余程今日のことを何か彼なりに深く考えているのだろうか。何があったのか詳細はわからないが……。
そう思いつつ長谷部をちらりと見れば、彼は紙の前でうとうとと眠りに入ろうとしているところだった。
「長谷部さん!駄目です!」
慌てて長谷部の肩を揺らして起こそうとする束穂。
「っ……」
はっと長谷部はどうにか目を開いたが、束穂を見つめる彼の目には光がない。
意識がまだらになっている、という審神者の言葉を思い出す。
わかっている。多分長谷部は普通に眠たいのではない。
顕現が揺れていると審神者は言っていた。人の身体から刀身に戻ろうとしているのだ。きっと、そのせいで意識が飛びやすくなっている。
以前の本丸で最後に残った三日月に聞いた時、小狐丸が消える時は自身に兆しがあって、別れを告げることが出来たという。だが、石切丸は眠っている最中に消えた。それは、多分意識を手放せばより容易に戻りやすくなるからで、眠る前に彼は兆しを感じていなかったとも三日月から言っていた。
だから、審神者は彼らに起きているようにと言いつけたのだろう。
状況を理解した薬研が長谷部の腕をつねるが、長谷部は顔をしかめてその手を払い、それからまた瞳を閉じようとした。それを薬研が揺さぶる。声が出ないことのもどかしさに薬研の表情は歪んだが、長谷部はそれを見ていない。
「長谷部さん。長谷部さん!」
束穂の声にぴくりと反応をし、また瞳を開ける長谷部。
だが、無情にも直後再び瞳は閉じられる。
「駄目です、長谷部さん!!起きてください!あなたは今日の出来事を、あなたの主に自分で報告する義務があるのでしょう!?」
束穂の言葉に反応したのか、長谷部の身体はびくりと跳ねた。
と、その隣に腰を下ろした薬研は突然壁にもたれかかる。それからなんとかもう一度体を起こし、再び紙の上の文字を指差した。
やばい
ねむい
ちがう
ねむいじゃなくて
「眠いじゃなくて?」
ひっぱられる
薬研の指がたどった言葉を見て、束穂は青ざめた。
長谷部だけではなく薬研も。
ああ、なんて自分はまた無力なんだろう。
束穂は必死に二人の名を交互に呼び、体を揺すった。