第12章 本能寺(長谷部の章)2
さて、審神者の部屋で待機している長谷部と薬研の様子を見ている束穂は、大きめの紙を畳の上に広げ、雑誌を下敷きにして「あいうえお」と筆ペンで平仮名を書き出した。
もしかすると彼らには漢字の方が良いのでは、と思ったが、彼らが認識する五十音を表現する漢字を彼女は知らない。
書けないけれど読めるのではないか、と閃いて書き出せば、その意図を察した薬研がすぐに覗き込んで
「たすか」と指差した。
まだ書き終わっていなかったけれど、その後に薬研が指さしたい文字は、きっと「る」なのだと束穂は予測した。そして、五十音すべてを書き終わろうという時に、それはその通りとなった。
「長谷部さんは、女手(平仮名)は読めますか」
声をかければ、長谷部は驚いたようにぱちりと瞬きをして、ようやく束穂が何をしようとしているのかを気にしたようだった。
「書けなくても読めれば、これで会話出来ますよ」
薬研は既に順応したようで、なかなか軽快に文字を指差していく。
それを読み取った束穂は、彼が示した言葉を声に出して読んでいく。
「れきしをかいへんされておだのぶなががほんのうじでいきのこった……えっ……?」
最初からとんでもない重要な話をされて、驚いて束穂は声をあげて二人を見た。
長谷部は静かにうなずき、薬研もこくこくと頷く。
それから、ゆっくりと、言葉と言葉の間を切るように時間を開けながら薬研は続けた。
それだけの行為で、薬研が聡明な刀だということを束穂は強く感じる。
「れきしがかいへんされるとおれっちたちはもしかしたらこのじだいまでのこっていないことになるのかもしれない……だから、今顕現が揺れていると、そう思っていらっしゃるのですね」
薬研は頷く。が、長谷部はそれに同意をしない。
「長谷部さんは、そうは思っていないのですか?」
そう問いかければ、長谷部はゆっくりと文字を指し示す。
「やげんのいうとおりならほかのかたなもおなじことがおきるかもしれない……それがおきないなら、れきしかいへんのせいとはいいきれなくなる……なるほど……織田信長が生きることでどういう影響が及ぼされるかもわからないし、あまり意味のない問答かもしれませんね」
それへ、長谷部はこくりと頷いた。