第15章 爛熟の刻【薄桜鬼】
もっと凡庸に出会えていたなら……
今は唯々そう思う。
そうであったなら………
あんな暗闇を這い擦り回る様な爛れた愛し方をしなくても良かったんだ。
誰よりも愛おしいの事を…………。
「左之さん。」
物陰から俺を呼ぶ声に気付き、その声の元へ駆け寄る。
「……大丈夫か?」
「うん、私は大丈夫。」
「何か動きは?」
「ううん、特に気になる事は無いかな。」
「……そうか。」
此奴は。
今現在、新選組の間者として島原の遊廓に潜入して居る。
半年程前から維新志士の焦臭い動きが目立つ様に成り、俺達新選組は何とかその動向を掴もうと必死になった。
だが当然、奴等も簡単には尻尾を掴ませてはくれねえ。
どうやら遊廓という世間の目から隔離された場所で集会を重ねているらしい。
勿論、京都守護職である会津藩お抱えの新選組だ。
御用改めとして遊廓に踏み込む事だって出来る。
しかし、『何時』『何処で』『どんな奴等』が集まるのか、詳細が判明してからじゃなきゃ無駄足を踏むのは必至。
新選組が動いている事を悟られりゃ奴等の警戒は一層強くなり、もう二度と捕縛する事は出来ねえだろう。
そこで遊廓に間者を送り込もうという策に至ったのだが……新選組には野郎しか居ねえ。
しかも遊廓へ潜入させると成れば、若くてそれなりに別嬪の女が必要だった。
それに肝も座っていて、頭の回転だってそこそこ早くなきゃならねえ。
一体どこにそんな都合の良い女が居るんだ…って、諦め掛けた時に現れたのがだ。