第1章 二人の事情
紫音はあたしの隣に座り、ポケットから血の付いたナイフを取り出して机の上に置いた。
「ねぇ、紫音のお姉さん…。」
「変な人だと思ったでしょ?」
「変な人っていうか…何か訳があるんでしょ?」
紫音は悲しげに微笑んだ。
「俺が15歳まで海外に住んでた話は知ってる?」
「シュリから聞いたけど…。」
「そう。俺の姉…名前は花音(カノン)って言うんだけど。花音は外国に住んでる時に道に迷って治安の悪い所に入っちゃってね。そこで複数の男に犯されてそれから精神的におかしくなっちゃったんだ。現実を受け入れたくなかったのかな…それから自分のことを妖精だと思い込んで、俺達家族も花音を妖精として扱ってる。」
悲しすぎる話に、胸が締め付けられた。
「だから、花音のことは妖精さんって呼んであげて?」
「うん、わかった。」
先程、紫音が平然と男を刺し、世の中のゴミだと言った時は驚いたが、花音さんの事があったから紫音は人一倍ああいう連中が許せないのだろう。
「許せないね、花音さんを傷付けた奴ら。」
「許せないよ。殺してやろうと思った。実際に、そいつらの中の一人を殺しかけた。」
憎しみに駆られ、人を殺そうとするなんて…普段の穏やかな紫音からは想像がつかなかった。
驚くあたしを見て、紫音は自嘲気味に笑った。
「まぁ結局は返り討ちにされたけどね。」
そう話す紫音の姿が痛々しくて、思わず抱きしめた。
「話してくれてありがとう。紫音も辛かったでしょ?」
「辛かった…のかな。よく分からないや。」
「泣きたかったら泣いていいんだよ。いつでもあたしの胸貸すから。」
「七瀬、男前過ぎるでしょ。」
紫音はクスクスと笑った。