第5章 母の裏切り
あたしは誰かに話を聞いてほしかった。
シュリは入院しているし、治療中なのに心配や迷惑をかける訳にはいかない。
紫音には話せるはずがない。
あたしは徹に電話をかけた。
徹もまだリハビリで大変なのは分かっていたが、今一番電話をしやすいのは徹だった。
「…はい。」
久しぶりに聞く声。
思えば徹が長野に行ってから一度も電話をしたことはなかった。
「徹ー…っ。」
「お前、何元旦から泣いてんの?」
変わらない口調。
つい最近まで集中治療室に入っていたなんて信じられないくらい、徹は変わっていなかった。
「明けましておめでとう…っ。」
「いや、泣きながら言われてもめでたくねぇよ。」
「何事故なんかにあってんのよ…。」
「いきなり話題変わったな。」
「寝すぎ…っ、でも目覚めて良かった…。」
「心配かけたな。で、どうした?」
徹と話している内に、気持ちが落ち着いてきた。
「いや、何でもない。あんた今何してるの?」
「お前な…。今は長野の家で友達といる。」
「友達?徹長野で友達できたの?女だったら殺すよ?」
「んな訳あるか!まぁ、女みてぇな奴だけど…。」
その時ふと、夏休みにお見舞いに行った時、集中治療室の前で騒いでいた男の子を思い出した。
名前…何だっけ。
「あ、思い出した!ねぇ、その友達って安達って人じゃない?小柄で可愛らしい顔の。」
「え、何でお前が知ってんの?」
「その人、夏休みに紫音とお見舞いに行った時に見かけたの。集中治療室の前であんたに向かって叫んでたよ。」
「マジかよ…涼ならありえそうだけど。」
その時、電話の向こうで安達さんが喋った。
「なになにー?僕の話題ー!?」
ああ、この声だ。
完全に思い出した。
「うるせぇな涼、電話中だから黙れ。」
「早く構ってよー!僕暇なんだけどー!」
やたらと電話の向こうが騒がしく、正月から男二人で何やってるんだとか冷静に思っている自分がいた。