第10章 運命の日
翌日。
ついに、この日が来た。
父は普段通り仕事に行き、家に母と二人きりになった。
あたしがなに食わぬ顔で出かける準備をしていると、母が声をかけてきた。
「七瀬、どこに行くの?」
「友達の誕生日プレゼント買いに行ってくる。」
「そう、わかったわ。」
きっとこれが最後になる。
あたしは母にずっと聞きたいことがあった。
「お母さんはさ、お父さんと結婚して幸せ?」
母は一瞬面食らったような顔をしたが、すぐに無表情に戻った。
「お母さんも貴女と同じで、親が決めた相手と結婚しただけよ。」
薄々気付いてはいたが、やはり両親の間に愛情なんてものは存在しないようだ。
母もあたしと同じ気持ちを味わったのかもしれない。
そう思うと少し同情した。
もう一つ、聞きたいことがある。
「お母さんは…お父さんの味方なのに、どうしてたまにあたしを助けてくれるの?」
「前のお金のことを言ってるの?」
前のお金のこととは、恐らく長野に行く時に渡してくれた1万円のことだろう。
「まぁ、それとか…。」
母は目を伏せて、小さく呟いた。
「今までお父さんの機嫌をとるために、沢山貴女を傷つけてしまったから。」
それは、懺悔に聞こえた。
母はいつも父のやる事を見ているだけ、あたしの気持ちなんて考えてないと思っていた。
だけど一番父に怯え、縛られているのはこの人だ。
そしてこの人は、これから先も鳥籠の中で生きて行くしかないのだろう。
あたしがいなくなったら、真っ先に父は母を責めるだろう。
父の感情の捌け口は母一人になってしまう。
一瞬心が痛んだが、あたしはもう決めたのだ。
ごめんね、お母さん。
さようなら。
「…行ってくるね。」
もう二度と、この家に帰って来ることはないだろう。
マンションを出ると、服のポケットから紫音に貰った"約束の証"を左手の薬指にはめた。
そして一度も振り向かずに駅に向かった。
愛しい人の元へ。