第8章 たった一つの願い
シュリの自宅に着いた。
初めてシュリの実家に来たあたしは、少し緊張していた。
何より、退院したシュリを見たら嬉しくて泣いてしまいそうだ。
徹がチャイムを鳴らすと、家の中からバタバタと足音がした直後に玄関のドアが開いた。
「いらっしゃい!徹さん、七瀬さん!」
笑顔であたし達を迎え入れてくれたのはエミリちゃんだった。
エミリちゃんに会うのは大学1年生の年の大学祭で会った時以来だ。
当時は派手な外見だったエミリちゃんだが、今は清楚系の可愛らしい女の子になっていた。
「久しぶり、エミリちゃん。あたしのこと覚えててくれたんだ。」
「もちろんですよ!」
相変わらず人懐っこくて可愛い子だ。
リビングに行くと、ソファーに座るシュリが振り向いた。
「七瀬!久しぶりー!」
シュリは立ち上がってあたしに抱き付いた。
シュリを抱きしめた瞬間、安心して泣きそうになったがグッとこらえた。
「シュリ、退院おめでとう。よく頑張ったね。」
「ありがとう。あれ?紫音先輩は?」
いつも長野に来る時は二人で来ていたからだろう。
シュリが不思議そうに首を傾げた。
「仕事が休めなかったんだってさ。」
あたしが答えるよりも先に徹が事情を話した。
「そうなんだ…でもこれからはいつでも会えるもんね。」
「…うん。」
長い闘病生活を終えたばかりのシュリと、それをずっと支えてきた徹に今のあたしと紫音の状況を話す気にはなれなかった。
話したら二人は心配してくれるだろう。
それが分かっているからこそ、話せなかった。
二人は漸く穏やかで幸せな日々を手に入れたのだから。
「七瀬、何飲む?徹はジンジャーエールでいいでしょ?」
「ああ…俺がやるからお前は座ってろ。」
「飲み物出すくらい大丈夫だよ。」
「いいから座ってろって。で、七瀬は何飲む?」
「あたしは何でもいいよ。」
徹がキッチンに行き、あたしとシュリはリビングのソファーに座った。
「お姉ちゃん、私これから出かけてくるから。」
エミリちゃんが出かける支度をしてシュリに声をかけた。
「うん。気を付けてね。行ってらっしゃい。」
「行ってきます。七瀬さん、ゆっくりしていって下さいね。」
「ありがとう。行ってらっしゃい。」
ニッコリと笑って手を振ると、エミリちゃんも笑顔で手を振り返してくれた。