第1章 二人の事情
「もう一度言うね。俺の前では強がらないで。わかった?」
「…うん、わかった。」
「うん、良い子だね。」
紫音は優しい笑みを浮かべながらあたしの頭を撫でた。
その時、あたしのスマートフォンが鳴った。
画面を見ると父からの着信だった。
あたしは慌てて電話に出た。
「は、はい!」
「七瀬、今どこにいるんだ?何時だと思ってるんだ。」
父は威圧的な口調でそう言った。
腕時計で時間を確認すると、9時5分。
あたしの門限は9時だ。
大学生にもなって門限が9時なんて厳しいのかもしれないが、あたしの家ではそれが当たり前なのだ。
1分でも遅くなればこうして電話をかけてくる。
紫音と話すのに夢中になって時間を忘れてしまった。
何の連絡もせずに門限を過ぎても帰って来ない娘に、父は怒ったのだろう。
「ごめんなさい、すぐに帰ります…。」
そう言うと、電話は一方的に切られた。
「親御さん?」
紫音が心配そうな顔で聞いてきた。
「うん。あたしの家少し厳しくてさ…門限9時なんだ。」
紫音は壁に掛けてある時計を見た。
「9時って…ていうか、まだ5分くらいしか過ぎてないけど。」
「変な親だよねー。とりあえず、帰るね!今日はありがとう。」
「家まで送って行くよ。」
本当はもう少し紫音と一緒に居たかったから、素直に甘えることにした。
玄関で靴をはいていると、花音さんが来た。
「あら?七瀬ちゃん、もう帰っちゃうの?」
「妖精さん…。」
先程紫音から聞いた話を思い出し、一瞬胸が痛んだ。
「お邪魔しました。」
ニッコリと笑ってそう言うと、花音さんもニッコリと笑った。
「また遊びに来てね。」
「はい。それじゃあ、おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
「俺は七瀬を送ってくるね。」
紫音がそう言うと花音さんは笑って、気を付けてねと言った。