第1章 鳴かずば
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「はい、今日の分のお給料よ。助かったわ」
「おう」
午前4時近くになれば店の中にいるのは従業員だけになった。閉店の準備が整い、いつもの着流しに着替えた銀時は西郷から給料袋を貰う。分厚いソレを懐にしまえば、後は帰路につくだけ。だが、銀時がその場を動く事はなかった。様子の可笑しい銀時を見て西郷は何かを察する。
「あの娘が気になるのかい?」
「……まあな」
再会して数時間しか共に働いていないが、銀時は五葉が心の底から気がかりだった。それは恋心云々とは関係なく、変わり果てた五葉の姿が気になっての事だった。姿は見違えるほど美しくなったものの、表情に哀愁が帯びていてる。昔の明るい雰囲気は激変し、貝のように押し黙ったままの彼女は何処か近寄り難い。仕事は見事なまでにこなすが、閉鎖的な態度は本当に昔と正反対である。気にならないはずがないのだ。
「あの子、泥まみれで行くとこも無いみたいだし拾ったのよ。働き者でこっちは大助かりなんだけど、あんな感じで一言も喋れないんじゃあ何処にも雇われなくて当たり前よね」
「『喋れない』?」
「『喋れない』のか『喋らない』のかは分からないわ。でも、うちの店のモンは誰一人あの娘の声は聞いてないわよ。」
結局の所、西郷も彼女が喋らない訳を知らないらしい。となれば後は本人に聞くしかないのだが、返事は望めないだろう。しかし五葉がかまっ娘倶楽部で住み込みで働いている以上、いつか訪ねる機会はきっと訪れる。そう信じ、戸惑いもまだある事から、銀時はとりあえず我が家へと帰って行った。