第1章 鳴かずば
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「表に出る前に、ちょっと厨房を覗いて来てちょうだい」
「ああ? 何、仕事前に賄いでもくれんの?」
「違うわよ。実はね、可愛い新入りの娘が入って来たの。 ちょっと挨拶に行って来て」
「新入りだあ?」
午後になり、かまっ娘倶楽部の着替え部屋で女物の着物に袖を通せば、店のママである西郷に裏へ行くよう促された。話によれば、二ヶ月ほど前から住み込みで働き始めた者がいるらしい。大層な働き者で、裏方の仕事はほぼ彼女に任せていると言う。最近、万事屋に依頼しなくなったのも彼女の働きぶりのお陰らしい。ホステスが病気か急病で休まない限り、店は上手くまわる。
「でも一つだけ忠告しておくわ。あの娘『口無し』だから、返事は期待しちゃダメよ」
「あ、そう」
どうやら新しいオカマは無口のようだ。特に気にする事なく、銀時はさっさと挨拶をすませる為に厨房へと向かう。一体どんな青ヒゲが待っているのか嫌な意味でドキドキしながら、厨房の入り口に掲げられているのれんを潜った。
「ぎん、ちゃっ」
銀時は耳を疑った。のれんを潜った途端に聞こえたのは明らかに女性の声。小さく掠れた声ではあるが、銀時は女性が紡いだ自分の名を聞き逃さなかった。知り合いなのかと女の顔を見れば、銀時は硬直する。
目に入ったのは成長し、女性らしくなったかつての幼なじみ。今朝方、夢に出てた五葉である。子供の頃の姿までしか知らないが、面影は残っていた。五葉も洗った皿を拭いていた手を止め、銀時と同様に驚いている。二人は視線を合わせたまま動かなかった。