第1章 鳴かずば
友として銀時を常に気にかけていた彼女とは、もう何年会っていないだろうか。
寺子屋から松陽先生が連れ去られて以来、銀時は五葉と顔を合わせていない。攘夷戦争の影響で二人の人生は交わる事がなくなり、いつしか銀時は五葉に対する想いを封印していた。それでも終戦を迎えれば無意識に彼女を求めていたのだろう。お登勢に拾われて万事屋を立ち上げた時、彼は看板に「銀ちゃん」を使用した。今でこそ周りの人間に「銀さん」や「銀ちゃん」などと親しまれているが、万事屋を開業する前にその呼び方をしたのは五葉だけだった。昔は「坂田さん」や「銀時」と呼ばれるのが当たり前だったのだ。
いや、そう言えば五葉の兄、常葉にも何度か冗談で「銀ちゃん」と呼ばれていたか。銀時よりも随分と年上の男。両親を亡くして以来、一人で妹を育て上げていたと言う常葉の姿はまさしくシスコンであった。彼が五葉を溺愛している光景を思い出せば、銀時の顔には自然と苦笑いが浮かぶ。
兄の方とは共に攘夷戦争で戦った仲だが、戦後は今でも二人で元気にやっている事だろう。年齢的に二人共もう結婚して子供がいても可笑しくない。きっとそれぞれ賑やかな家庭を築いているはずだ。下手すれば常葉には孫まで出来ているかもしれない。そうだとすればいい加減、五葉の事は忘れた方が賢明だ。凹むが仕方の無い事である。女々しい自分に嫌気がさすが、あの兄弟が幸せ以外の道を歩んで欲しくはない。五葉があの頃と変わらぬ笑顔と明るさで生きていれば、嬉しい。そう柄にもなく熱願していれば、ジャスタウェイ時計のアラームが7時を知らせていた。