第1章 鳴かずば
残酷な現実だが、時だけは変わらず過ぎた。兄の死から何年もの月日が経った後、五葉は西郷に拾われる。かまっ娘倶楽部で働かせてもらうようになり、やっと落ち着いた生活を手に入れ始めていたが、五葉は疑心暗鬼になっていた。五葉と同じく世間から疎外されがちなオカマ達なら、彼女を裏切らないかもしれない。しかし、それを保証するものなど何処にもない。きっとまた捨てられるのだろう。いや、捨てて欲しい。こんな罪深い自分が兄を余所に幸せになって良いはずがないのだ。出来る事なら自分で自分に罰を与えたい。兄に会って謝りたい。五葉は自虐的な想いで生きていた。
そんな五葉に好機が訪れる。江戸に接近している大型台風だ。今年一番の大きさと強さを誇るこの台風は、外にいるだけで危険を伴う。これならば自然現象が起こした事故で、己の存在をこの世から消せると確信する。五葉の死は不慮の事故で片付けられ、他人に必要以上の迷惑をかけない死に方が出来ると思った。だから五葉はあえて台風の中を歩み、近くの濁流に身を投げようとしたのだ。だが、そこに銀時の手は伸ばされた。
自殺を計ろうとした全ての経歴を吐き終え、五葉は銀時を見る事なく体をその場で縮こませる。二人の間には沈黙が漂い、ガタガタと激しく戸を叩く豪雨の音を耳につかせた。重苦しい空気にこれ以上耐えられないとでも言うように、五葉は本音を漏らす。