第1章 鳴かずば
幼い少女は咎を背負ってしまった。
しかし兄の死は悪夢の始まりでしかない。常葉の首が晒された後、近所の噂で五葉が兄を役人に売ったとされ、「恩知らず」「恥知らず」の妹として瞬く間に広まった。貰ってもいないのに「大金も貰った」と陰口を言われ、居場所がなくなる。お金など、貰えればどれだけ幸福だった事か。現状はその真逆であり、むしろ五葉は全てを奪われた。
打ち首獄門の刑に処された罪人の財産は、法で没収される事になっている。その上、罪人の遺体は幕府側が処分する決まりになっていた。つまり、五葉には兄の形見になるような物も残されず、兄の墓を作る事さえ許されなかったのだ。これほど惨い現実があるだろうか。
何もかもを失った五葉は自然と口を閉ざした。そして、あちらこちらとフラフラしながら生活を送る。最初は可哀想だと思って匿ってくれる者もいたが、五葉の愛想の無さと声が出ない気味の悪さで結局は追い出される。そうでなくとも、彼女を庇護する者達は「罪人の妹を匿っている」と白い目で見られるようになった為、世間の目と言葉が自然と彼らに五葉を突き放させた。
生まれ育った村から離れて優しい人にも出会ったが、結局は口無しの五葉に嫌気がさすのが常だった。拾われては捨てられ、拾われては捨てられの繰り返し。中には五葉を遊郭に売り飛ばそうとする者も居た。幾度も繰り返される裏切りに、いつしか五葉は人を信用しなくなった。昔は、こんなに人を疑う事などなかったのに。変わってしまった己に、五葉は何度も自己嫌悪した。