第1章 鳴かずば
「やだ。お兄ちゃんを連れてかないでよ! 縄を解いて! お願い、解いて!」
「五葉!」
役人達に楯突こうとする妹を、常葉は一喝して制した。名前を呼ばれて悲願を止めた五葉は恐る恐る兄の顔を見上げる。そこには今の状況には不釣り合いな、とても優しく、とても穏やかな兄の表情があった。
「五葉、兄ちゃんはすぐ戻って来るからな。大人しく家で待ってるんだ。わかったな?」
「お兄ちゃん……?」
何事も無いように常葉は笑っていた。そしてそのまま役人達に連れ去られる兄の背中を、五葉はただ見送るしかなかった。
兄と男達の姿が見えなくなれば、彼女は家の中で泣き崩れる。自己嫌悪と罪悪感に苛まれながら、兄の言葉を信じて帰りを待つしかなかった。
しかし来る日も来る日も兄は戻らない。抜け殻のように部屋に籠りっぱなしだったが、五葉も人間。日に日に少なくなる食料は彼女に買い出しを余儀なく促した。重い足取りで家を出てゆき、町へと向かう。食べ物を売る店への道のりはあと半分といった所で五葉の歩みは止まった。立ち止まった場所は広い河原。いつもはだだっ広いだけの場所だが、今日は何かが置かれている。少し遠目で見えづらかったが、簡単な木の台に何か丸い物がずらりと並べられていた。
日照りが強くて置かれた物を認識するのに時間がかかったが、「何」が置かれているのかを理解した瞬間、五葉は全身の震えを止める事が出来なかった。