第1章 鳴かずば
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それは攘夷戦争が終戦を迎えて間もなくの事。無事に戦場から返って来た五葉の兄、常葉は妹と共に平和な日常へと戻っていた。戦へ出る前まで行っていた畑仕事を再開し、良い汗をかく日々を送っていた。
けれど、その日は訪れた。それは五葉が外の井戸から水を汲んでいた時の出来事。立派な着物を身につけた見慣れぬ三人の男達が、五葉にある事を尋ねたのが始まりだった。
「よう、嬢ちゃん。ここいらに常葉とか言う男がいるか知ってるかい?」
「常葉お兄ちゃんの知り合い? お兄ちゃんなら家にいるよ。」
特に危険な感じがしない男達を見た五葉は、持ち前の人懐っこさで素直に質問に答えた。家までの案内を頼まれた彼女は疑う事なく三人を我が家へ導く。きっと兄の戦場での仲間なのだろう、と思い込んでいたのだ。
やがて家に着き、戸を開けば兄の姿を見つける。「お客さんだよ!」と元気よく声をかけた五葉は、硬直した兄の表情を目にする。様子が可笑しい兄を心配し始めれば、背後から男の一人が口を開いた。
「いやはや、よく出来た妹さんだ。ちゃんと犯罪者の兄貴の元まで連れてってくれたんだからな。感謝する」
男が発した言葉の意味が、五葉にはよく分からなかった。この男達は、兄の戦友ではないのか。
「攘夷志士、常葉。貴様には我々と共に来てもらうぞ」
そう言い終わるや否や、常葉は他の男達二人に捕らえられた。両手は前に縄で縛られ、逃げ場がないように囲まれる。明らかにただ事ではない状況に、五葉は己の過ちに気づいた。