第14章 ・おでかけします 終
「う。」
文緒が少し声を上げる。
「まだ先は長い。」
若利は呟いた。
「寝ているといい。」
「うん。」
寝ぼけているからだろう、文緒の声はふにゃふにゃでおまけに"はい兄様"ではなくうんと返事をするときたものだ。それでも若利は叱らなかった。これもまた文緒なのだと思った。
家に帰り着く頃にはすっかり暗くなっていた。
「遅くなってしまいましたね、たくさん回った訳でもなかったのですが。」
まだ少し寝ぼけ気味に文緒が言った。
「ひとところにいた時間が長かった。それに許容範囲だろう、母さんにも連絡を入れている。それより」
「何でしょう。」
「お前はちゃんと楽しめたのか。行きの電車では胡乱な輩が湧いた、現地では及川達に出くわした、妙な事が続いたが。」
文緒は一瞬キョトンとし、しかしすぐ微笑んだ。
「ご心配には及びません、兄様。十分楽しみました。兄様がこんなに私のわがままに付き合ってくださったのですから。」
わがままなど言われただろうかと若利は内心考えるがいずれにせよ文緒が満足ならそれで良い。
「また」
「はい。」
「出かけるとしよう。いつになるかはわからんが。」
「是非。」
握っていた文緒の手がきゅいと自分の手を握り返してくる。夜道にノシノシポテポテと兄妹の足音が響く。
都合良く浮かんでいた月がそれを見守っているように見えた。