第11章 ・おでかけします その5
一方、後をつけてる奴とそのお目付役である。
「ほー、ガラスって奥が深えのな。」
「岩ちゃんは家のコップくらいしか縁がないもんね。」
「おめーも似たようなもんだろが。」
「あ、岩ちゃんあれ凄いよ。」
「何だあれ、でっけえ壺か。」
「壺ってか飾りみたいだけど前衛的だねえ。」
「クソ川の癖に前衛的たぁ今日は違和感がよく仕事するもんだ。」
「しつれーな、及川さんだってたまにはゲージュツの香りをだね」
「わかったからそろそろ黙れ。」
気づけば周囲の大人達が控えめに笑いを堪えている。及川の見てくれで人目をひいてしまっているせいか。そんなやり取りをしているうちにとうとう幼馴染コンビは近くにいた老婦人—堅気の関西弁だった—にしゃべくり漫才が好きなのかと問われる事態になった。
その頃とうとう若利が何かの気配を感じ始めた。展示物を見るのに夢中の義妹の傍らでさっと辺りを見回す。でかい分よく見える視界、ふと順路を行く観覧者達の中にどこかで見た2人組の野郎共がいる事に気がついた。何か言いたいところだが今は堪える。せっかく文緒が展示を楽しんでいるのに水を差すのは忍びない。今は愛する義妹を心穏やかに過ごさせてやるのが優先だと考えた。
「兄様、如何されました。」
「何もない。」
「そうですか。」
文緒は言いながら近代に作られたガラスの作品に見とれている。大きな卵のようなそれは淡い緑色のグラデーションと下部のゴツゴツしたデザインが目を引く。
「まるでエメラルドの原石を見ているみたいです。」
「先程から思うのだがガラスの原料はそもそも鉱物だろう。」
「確かに普段使いのものは珪酸塩(けいさんえん)などで、クリスタルガラスなら鉛が使われた事もありますがそうではなく。」
「つまり」
「私の感覚なのでどうか深く気になさらず。」
「よくわからないが並大抵の技術ではないのと美しいのはわかる。」
「私も同じです、兄様。」
「そうか。」
「まあ、これも素敵。」
「現代的というべきか抽象的と言うべきか。」
「あるいはアール・デコでしょうか。」
「何のことかわからない。」
1910年代から1930年代辺りに流行った幾何学的、直線的なデザインが特徴の様式の事であるが実年齢のわかりにくい15歳がさらりと口にする用語ではないかもしれない。