第9章 ・お出かけします その3
「相手がお前でなければ」
「え。」
「怒らせていたのか。」
文緒は目を丸くした。若利がそこに気を回すとは思わなかったのだ。
「人によるかと思います。」
義兄には申し訳ないがそうとしか言えない。
「そうか。」
「はい。」
それで話が終わるかと思ったがまだ若利は文緒をじっと見つめている。
「兄様。」
声をかけるも若利はこれまた珍しく考え込んでいた。
「わからない。」
「急にどうされました。」
「服が似合っているのかいないのかがよくわからない。違和感はないのだが。」
「あの、」
とうとう文緒は口にした。
「先程から兄様がそういう話題をされるなんて珍しいですね。」
「川西に色々気をつけてやるように言われた。」
まさかの人物の名に文緒は頭が痛む思いだ、義兄に妙な事を吹き込むのは天童だけで間に合っていると言うのに。
「川西さんは一体何を。」
「服装に気をつけてやる事と手を繋いでやる事とすぐ苛立たない事を言われた。後はなるべく会話をするようにと。」
あまり褒められた話ではないのに堂々と言ってしまう辺りが安定の若利クオリティである。
「化粧についてはその延長で聞いた。」
そこからどうやって延長出来たのか文緒は大変不思議に思うも聞くだけ無駄だと判断する。それとよく考えれば何気に自分を気にかけてお菓子までくれるような川西の事だ、義兄を放っておくとまずいと考えてくれたのだろう。
「どうか無理はなさらないでください。私は気にしませんから。」
「そうか。しかし1ついいか。」
「はい。」
「今日はこれは必要ない。」
若利は言って文緒の首から下がるボールチェーンを手に取る。若利から贈られてからずっと制服を着ている時ですら身につけているあのペンダント、レースをあしらったワンピースに合わないのを承知していたにも関わらず文緒はIDタグに似たそれを律儀につけていたのである。
「良いのですか。」
されるがままにペンダントを外されてキョトンとした文緒はつい尋ねる。
「瀬見に言われた。」
「え。」
「今日くらいはつけさせるなと。」
「瀬見さんが。」
「相変わらずお前を気にかけている。」
「有難い事です。」