第40章 ・義兄、遠征中の話 終わり
「長い事お疲れ様です。」
「ああ。」
「何だか何年もお顔を見ていなかった気分がします。」
「俺はそうでもなかった。文芸部の連中が何かにつけてお前の写真を送ってきたからな。」
「何て事、部長が悪ノリするから。」
「問題ない。寧ろお前の無事が確認出来て助かった。」
「そうでしたか。ところで話は変わりますが」
「何だ。」
「風の噂で兄様が向こうで私の事を吹聴してると聞きました。」
「聞かれたから答えただけだ。愛らしいのもまだ嫁じゃないのも事実だからな。」
若利はそれがどうしたのだと思ったが義妹はああああ何て事と顔を赤くしている。
「外でそんな事を仰るからこっちに話が流れてきて大変でした、知らない方に声をかけられるし東京方面にまで兄様が妹を偏愛してると噂が流れているなんて聞かされるし。」
「そうか。」
「そうかではありません、知らない方にからかわれるので大変でした。」
「そうか。」
義妹の頭を撫でながら若利は呟く。
「すまん。最近お前の事になると多くを語りたくなる。大事な娘で俺のものだと。」
「やっぱりずるい方。」
上げられた文緒の顔は微笑んでいた。この義妹はしばしば自分をずるいと言うがどうにもわからないと若利はいつも思う。
「そんな風に言われては許さないと言えなくなってしまいます。実の所吹聴されてるのが本当ならお夕飯を抜きにしようかとまで思ったのですが」
若利は思わずむ、と唸った。どうやらなかなかの事になっていたらしい。ほんの少しだけ固まる若利に対して文緒はクスクス笑う。
「やめておきます、寧ろちゃんと食べていただかないと。因みに今日はハヤシライスです。」
「そうか。」
最近文緒が作るものも気に入っている若利としては嬉しい所である。やがて文緒はそっと若利から離れて言った。
「先にお風呂になさいますか。」
「ああ。」
「洗濯物は。」
「ある。量が多いから自分で出しておく。」
「ではその間にお夕飯の用意をしますね。」
「ああ、だがその前に」
若利はほとんど本能的にポテポテと歩き出そうとした義妹をもう一度抱き寄せていた。
「兄様」
不思議そうに言う声を他所に若利は義妹と唇を重ねる。義妹は特に何も言わずに微笑んで見つめている。相も変わらずあまり人を疑う事のない目だった。