第39章 ・義兄、遠征中の話 その5
友がブフォと吹き出しそうになっている一方で文緒は顔を両手で覆う。無理もないかもしれない。どうやら相手は義兄のファンであり、白鳥沢学園高校に知り合いがいて外見含めて文緒の事も知っているらしい。そこだけならまだ良かったのだがかの牛島若利が遠征先で妹自慢をしているという噂も聞いたという余計な情報がくっついていたのだ。
「遠征先でって、ああもう何て事。」
友人が口元を押さえてまだ笑っているが文緒は笑い事じゃないよと頬を膨らませる。
「なまじ相手が兄様だから違うって言えないし本当にやっちゃってる可能性が高いんだよ、ああ本当にどうしよう。」
うろたえ膨れる文緒の様子が面白かったのか声をかけてきた方も笑っている。本当に兄様って言うんだお嬢様だ可愛いと好き勝手言っていた。とうとう頭を抱えた文緒に友が諦めなと言った。お嬢様なのは事実だしあのお兄さんなら驚かないしと言いだす。
「もうみんなして好き勝手ばっかり。兄様が帰ってきたら聞いてみるけど」
文緒は呟く。
「もし噂が本当ならご飯抜きにしちゃおうかな。」
友と女子生徒らがブッと吹き出した。そんなのであの牛島さんが動じるのかと聞かれる。
「ハヤシライスが抜きになったら少しは懲りてくれるかもしれません。」
何も考えずに文緒は答えたがそれはさらに笑いを誘ってしまったのだった。
それからしばらく文緒にはこのように牛島若利の妹という事で知らない奴から声をかけられる事が続いた。女子はまだしもバレーやってるでかい男子も来るものだから当然白鳥沢では大平が心配し文芸部の連中がいない時は瀬見がつきそい—勿論出来うる範囲だから回数はしれていたが—五色までもが行ける時は俺も付き添いますと訳のわからない事を言い出して白布に寧ろ火に油だからやめろと言われ、川西は隙を見て文緒に飴を差し入れ天童は例によって面白がり山形が俺も頭痛えと言いだす始末だ。
当の文緒としても全国レベルの有名人の妹とはいえ校外でここまで知られてしまうとは思わなかった。事がもし本当だとして一体義兄は外で何を喋ってくれたのか、一体どこまで話は広がっているのか。
その範囲を知ったのは程なくしての事だった。