第29章 ・ウツイの娘 その1
「実際いい雰囲気ではなさそうですね。」
大平がああと頷き心配そうに文緒達の方を見ると文緒は相手に言い返していて、それは妙にはっきりと野郎共の耳に入った。
「私、もうウツイじゃないから。」
若利含め、バレー部の面々は一瞬固まった。
「え、ちょっと、ウツイって。」
天童が慌てふためき、瀬見がちらりと若利を見る。珍しくと言うべきか察した若利は首を横に振った。
「関係がない。字が違う。」
若利は言って空中に漢字を書く。書かれた漢字はウツイはウツイでも"宇津井"だった。
そして他の野郎共も理解した。何故現牛島文緒がその義母や義祖母から旧姓を名乗る事を固く禁じられていたのか。それはあまりにも出来すぎた偶然故だったのだ。
「となると」
瀬見が呟く。
「今喋ってる野郎は文緒の前の名前知ってるってことか。どうすんだ若利、川西の言う通り雰囲気がまともじゃねえぞ。」
若利の判断は早かった。
「今しばらく様子を見る。ただお前達まで付き合う事はない。」
巻き込みたくないと思った若利なりの配慮であったが意外にも仲間は従わなかった。
「ちょっとちょっと、釣れないこと言わないデヨ今更じゃん。」
一等最初に言ったのは天童で、そうですっと五色が続く。
「友達はほっとけません。それに万一に備えて牛島さんに突っ込む人も必要です。」
「工に言われちゃおしまいだな。でもまあ関わりないことないんで。」
呆れた調子で言いつつも頷くのは白布である。
「賢二郎のツンデレが激しい件、あ、俺も仲間外れは嫌なので。」
クスクス笑って白布に睨まれた川西が言うと大平もうんうんと頷き、更に山形が俺もと言う。
「で、瀬見はどうせ言うまでもねえよな。」
「待てこら隼人。」
「ちげぇのかよ。」
「や、違わねーけど。つー訳だ、若利。」
「すまんな。」
「だから今更だっての。」
瀬見に言われて若利は本当に微かに笑った。
さて、文緒は目の前の奴を相手するのに必死で近くに義兄とその仲間達が居ることには気づいていなかった。いずれにせよ面倒な事である。目の前の相手は文緒が前にいた学校の奴でしかも当時男子の中では積極的に文緒に悪い方で絡んできた類だった。