第20章 ・海へ行く話 始まり
「これでもいけませんか。」
しばらくして文緒が部屋の箪笥から引っ張り出してきたという水着を若利に見せてきた。ワンピース型の可愛らしいタイプで下がスカート状になっている。遠目から見ると普通の服に見えなくもない。若利は口元に拳をあててそれを見つめていた。男子バレーボール部のチームメイト—特に天童—が見たらマジで頑固親父だと評しただろう。
確かに露出度は控えめだし、きっと文緒がそれを着たら悪くない具合だろうとは思う。それでも何となく若利の中ではモヤモヤしたものがあった。
「背中が開いている。」
しばらくの沈黙の後やがて若利はそう言った。すると義妹は笑顔でさらりと反撃してきた。
「それを言うなら兄様、学校用の水着も背中があいてます。」
流石の若利もこれには反論出来なかった。
「好きにしろ。」
「ありがとうございます。」
文緒が微笑む。
「ただし日焼け対策は万全にしろ。焼けたり将来シミになられては困る。」
「あら、兄様がシミの事まで気を回されるなんて意外です。」
「女子がそういった事を話しているのを小耳に挟んだ。それにそういう事になると母さん達が黙っていない。」
「そうでしょうか。」
「母さん達はああ見えてお前を溺愛している。」
再び膝に乗せると義妹はええとと控えめに呟いた。
「それは兄様が仰っても良いものでしょうか。」
「俺のは溺愛じゃない。」
「どうしよう、この人。」
そんな流れを経て次の日だ。天童他バレー部の野郎共は若利が昨日から一転、文緒の同行を了承するとを聞かされて驚いた。
「あんだけ嫌がってたのにどしたの、若利君。」
天童がただでさえ大きな目を更に見開く。
「友人らとプールに行く予定が流れてしまったと言うのでな。」
「へー、そーなんだ。文緒ちゃんには悪いけどラッキー。」
「文緒が来るのは全然問題ねーけど」
瀬見が口を挟む。
「ゴタゴタいう割にお前あいつ甘やかしてるよな、さりげによ。」
「あまりにあれがしょげかえっているのを見かねただけだ。」
「んじゃ文緒の肌晒すのがうんたら言ってたのはどーしたお前。」
「本当は気が進まないが文緒が抵抗した。」
おおとチームの野郎共は注目した。白布ですらもへーと呟いている。