第19章 ・共有
「お前の顔に傷が入った日には困る。母さん達もどう言い出すかわかったものではない。前に湿布を貼って帰った時は何もなかったのか。」
「一体何事かとお母様がびっくりされました。お祖母様には顔は大事にしろと随分言われました。あとはうつけ者が何かしてくるようならすぐ言うようにと。」
「言われていたのか。」
若利はどうにもと思う。母と祖母も文緒に対して大概な対応である。
「なのに俺が過保護呼ばわりされるのはどういうことだ。」
「それは兄様だからなのでは。」
「俺に難があるということか。」
「兄様ご自身というより兄様というお立場にしてはという所です、首をかしげないでくださいな。」
「納得が行かない。」
当人にしては割と早く突っ込む文緒に若利は言うが
「それより兄様、あともう一回お願いします。」
ボールを抱えてわくわくしたように見つめてくる義妹に釣られた。
「そうだな。」
無自覚に笑った顔は普通の女子なら一撃だったかもしれない。若利は最後にもう一度ボールを上げる。文緒が動く。ボールは高く上がり、若利はハッと目を見開いた。
文緒が飛んでいる。片手を振り上げている。気づいた時にはパシィッという音を立ててボールは地に落ちる。
文緒自身も驚いており、振り下ろしていたその手は利き手ではなかった。
「ええと兄様」
着地した文緒が困惑したように呟いた。
「何が起きたのでしょう。」
若利は答えられない。思わず義妹の側に駆け寄ってその体をぎゅうと抱き締める。更に混乱したらしき文緒が兄様と呟くが耳に入っていなかった。
文緒が飛んだ。普段鍛錬しておらず他の女子よりも幼く見える体格で勿論自分どころか同じ部の非レギュラーの部員にすら及ばない程度、それもほんの一瞬だが飛んで打ち下ろした。何故だかわからないが胸が熱い。文緒が自分で飛んだのだと思うと何か滾(たぎ)るものを感じる。
「よくやった。」
自然に言葉が出ていた。
「兄様、とても嬉しいです。」
しがみついてくる文緒の後ろ頭を若利はそっと撫でる。
あの幼い日、あの人もこうだったのか。俺が少しずつ出来ることが増えてくるとこんな心持ちだったのか。答えはもうわからない。
「兄様」
文緒が顔を上げて言った。