第8章 麗しのハンナ/ハイキュー、天童覚
「それで、アイツは部活に遅刻してまで何をしてるんだ?」
今日も天童不在のストレッチをこなしつつ、牛島は前を見たまま大平に尋ねる。
大平は背中に回した手と手を握り、うんと腰を反らしながら真顔で答えた。
「勉強してるらしいぞ」
「試験はまだ先だ」
「試験勉強じゃない」
「なら何だ」
「好きな人の勉強だと」
「そうか。それは意外に真面目だな」
「真面目だよな」
「しかし勉強しなければならない事なのか、それは」
「外堀を埋めてから話しかけたいんだよ。共通の話題とか、話の切っ掛けとか、しかし一夜漬けみたいな真似してる場合かと思うがな。もうすぐ相手はいなくなっちまうんだから」
「一夜漬けか。…大変だな」
「まあ大変と言えば大変だろうが」
天童が大きな本を抱えて体育館に入って来た。
二人の目がそれを追う。
「…いよいよ大変そうだな…」
床に本を広げて眺めつつ、やおらストレッチを始めた天童に牛島が真顔で呟く。
「大変っていうか…いいのかアレは。監督に見つかったらぶっ飛ばされるぞ」
呆れた大平が言った先から、監督がズカズカと体育館に入って来た。天童を見止めて一時足を止め、顰め面するのが見えた。
「…言わんこっちゃない…」
監督に耳を引っ張られ本を抱えて退場する天童を見送り、大平が溜め息を吐く。
「勉強する時間があるなら当の相手と居ればいい。何で回りくどい真似をする」
牛島の言葉に大平が頭を掻いて苦笑いした。
「あいつなりに頑張ってんだよ」
「変わった奴だ」
「変わってるけど、まあ、全然わからなくもない」
「そうか?」
「うん。外堀埋めてチャージしてるんだろ」
「チャージ?」
「話しかける思い切りをつける為のさ、気力ってのかな」
「そうか」
「相手が相手だからなぁ。恋愛でも妙なとこついて来るよ、あいつは」
「桜庭さんは妙な人じゃないぞ」
「…何だ、気付いてたのか」
「…何で気付かないと思うんだ。本人が好きだと言ってたじゃないか」
「うん、まぁ、そうだな。何かすまんな」
「謝るのも違うぞ」
「うん」
「来週の木曜日」
「うん」
「天童は部活を休むな」
「休むだろうな」
「……」
「まあ目を瞑っとこうぜ。どっちみち監督にどやされるのは確実なんだし」
「だろうな」