第1章 今度は何事!?
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「なんだあれは、何か言っていなかったか?」
三日月宗近の隣で、長い黒髪の男が胡坐をかいたまま訝しげに問う。当の本人と言えば涼しい顔をしたまま表情を崩さずに笑っているだけだ。
ハァとため息をつくと、さらに隣にいた眼帯をした男が言葉を待つように彼を見やる。
やれやれと言いたげに目線だけくれると、楽しげに口を開いた。
「まぁ、悪い者には見えなかったのでな。此度の事態は助けた俺が招いたと言っていいだろう。なんなら罰も受けるが?」
「やめてくれよ爺さん、冗談もほどほどにしてくれ」
「はっはっは」
決して多くは語らない、しかし意味がない事はしない三日月宗近は、この本丸では刀剣男士達を束ねる存在にある。事実、あれ以上お咎めがなかった彼等は三日月宗近のお陰と言っていい。幸運とも言えるのだ。
ここの本丸の主であり、審神者である蒼司(そうじ)は、彼の意向を汲み取って雑用係という処遇に甘んじた。現在彼の近侍を退いて以降も、三日月宗近の発言権は絶大な力を保ったままなのだ。
天下五剣のうちの一振りである彼のカリスマもだが、その冷静かつ的確な指示を出せるというところも大きい。
そんな彼がなぜ、たった三日で近侍を退いたのか。
皆口には出さずにいたが、彼等の元にいた刀剣男士を見て息を飲んだのだった。
「…何も言うな。これは俺の身勝手な判断でもある。主はそれをとりあえずよしとしたのだ。なに、何かあれば責任はとるぞ。なあ主よ」
「三日月」
蒼司は苦しげにそう呟くと、再び外に向いて黙したままそれ以上何も言うことは無かった。
「面倒な事にさえならなかったら僕はなんでもいいんだけどね。…ほら、難しい顔をしていたらカッコ悪いよ、和泉守兼定くん?」
「突っつくな気色悪い!あぁもうシケたツラしてんじゃねぇよ皆して!内番あんだろ、そっちいくぞそっち!」
和泉守兼定は勢いよく立ち上がると、ズカズカと部屋を後にし何人か彼の後に続いた。三日月宗近は彼らを見送ると、自らもゆっくりと立ち上がった。
「さぁて、俺も畑仕事があるなぁ。いや、老体には堪える堪える」
「貴方がそれを言いますか」
小狐丸が倣って腰を上げると、三日月宗近は片手で制して呟く。
「…薬研だけに任せておくと面倒な事になるやもしれん。小狐丸、悪いが様子を見てきてはくれぬか?」
「ああなるほど。分かりました」