第5章 力の使い所と彼らとの距離
「主。主は凄く、優しいんだ。出陣する度に心配してくれてるのも、みんな知ってる。とても大事にしてくれてるし、だから、皆主に付いていこうと思ってるんだ」
「なに、を」
言葉の合間、途切れる度に、加州清光の周りから淡い光が放たれる。
縁から削られるように、その姿が次第に空気へ溶け込んでいく。
「主が大事にしてくれてるように、俺達、俺も、主が大事だから、言えなかったんだ…ごめんね」
謝る必要なんてない!そう言いたいのに、蒼司の口から漏れるのは嗚咽ばかりだ。
暖かく重みのある身体が、徐々に軽くなってゆく。
「俺…主にちゃんと、愛されてた…?」
「あい、してるに、決まっている…!だから、加州、逝くな、近侍はお前以外には任せられない!加州!!」
抱きしめる身体が欠けてゆく。温もりが霧散して消えてゆく。
蒼司の必死な声に、加州清光は満足そうに笑った。
「主の手の中で、逝けるんだ。幸せ、だな……」
頬に当てられた手の感触が消えると同時に、加州清光の笑顔が跡形もなく消え去った。
蒼司の膝に、折れた“彼自身”を遺して。
折れた刀を抱きながら慟哭する主の姿を見た刀剣男士達は、その変貌ぶりに言葉を失うしかなかった。次いで仲間の喪失を嘆いて涙を流す者もいた。
加州清光、御手杵、山伏国広、江雪左文字、平野藤四郎、鶴丸国永。
六振りの刀剣破壊は、審神者・蒼司を良くも悪くも変化させた出来事であった。
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暫しの回顧で、蒼司の視線は空を見つめる。
近侍である薬研藤四郎は、その姿を苦悶の表情で見るも、かける言葉が見つからないでいた。
(また、思い出しているのか大将は)
三日月宗近が辞退した事により近侍になった薬研藤四郎は、文字通り必死であった。
蒼司の期待に応えるため、それだけならいい。しかし忌まわしい事件からしばらく経った今も、蒼司の中に住む“加州清光”の存在が余りにも大きく、それが彼を焦らせ心を狭量とさせていた。
その最中、叶弥とカノンが連れてきた“加州清光”だ。
薬研藤四郎の心をかき乱すには十分すぎるくらいで、何も知らぬ彼らが笑う度に、薬研藤四郎の心は握り潰される思いをしている。
蒼司の内心は如何程であろうか。
主を案じる彼の心は、文字通り複雑なものだった。