第5章 力の使い所と彼らとの距離
「検非違使、奴ら、背後から急に…ゴホッ」
「もういい、喋るな加州!先に手入を」
強い眼差しが先の言葉を失わせる。加州清光の瞳は真剣だった。
「…俺はもう、間に合わない。…わかるでしょ?本体がもう、ほとんど折れてるんだ」
触れれば砕けそうな、その刀身。
美しかったそれは刃こぼれは勿論、見るからに修復不能であることは誰の目にも明らかだった。
「聞いて、主。検非違使が止めになったのは、間違いない…だけど、奴ら…歴史修正主義者、あれが寄こしてくる敵の数が尋常じゃ、なかったんだ」
「どういう、ことだ?」
「多分、政府やほかの審神者に、内通者がいる」
蒼司の目が開かれる。内通者、つまり、裏切り者がいるということか。しかし、何故それを加州清光が知り得ているのか。
━ここ数ヶ月、出陣先で遭遇する遡行軍の数が多い事に一番早く気づいたのは、一期一振だったよ。こっちの動きを知った上で待ち伏せていたかのように毎度待ち構えていてさ。明らかに歴史修正が目的とは違う。ただ確信が持てなかったから、主には言わずにいたんだ…無駄な心配を掛けたくなかったからね。
「それが、裏目に出たかな…主に言っておけば、あいつらが刀剣破壊されずに、済んだのかな…」
苦しげに紡ぎ出される言葉に絶句する。裏切り者がいる事実ではない。己を気にかけてその事実を告げなかった、その事にだ。
内通者、裏切り者が内部にいるとすれば、それは審神者達に多大な失望を植え付けることになる。政府への不審は結束力を弱め、戦う力を削ぐことにつながる。刀剣男士達はそれを危惧し、蒼司の心情を気にかけて口にしなかったのだ。
蒼司はギリと歯を食い縛る。
人間の弱さが露見し、尚且つ自分が彼らの主として如何に頼りない存在であったのかと思い知らされたのだ。
蒼司は加州清光を抱き抱えたまま動かない。その目には今にも決壊しそうな涙が溜まっていた。加州清光はそれを見て苦笑する。戦い、剥がれた爪の赤を気にすることなく蒼司の目元に触れると、ぽたりと両眼から暖かい雫が落ちてきた。
「主、泣いてくれるの?…嬉しいな、愛されてるって自惚れていいの…?」
「あいっ、するもなにも…っ!私はお前達にとって、なんて、情けない…ッ!」
加州清光はふぅ、と息を吐くと、ゆるゆると首を振る。