第4章 “私”を認知するもの
「叶弥〜、暇だから構ってよ」
ベタベタベタベタと。
「………私はまだ掃除中だ」
尚も背後から抱きついてくる、黒い塊。首元に回された腕の先にチラつくのは、鮮やかな赤い爪。
「頼むから加州、邪魔すんな…いつまで経っても終わらんだろう?」
「えー、ブーブー」
お前は子供か!と手刀で頭を叩くと、叶弥は手にしたハタキを彼に寄越した。途端しかめっ面になるのは、彼女の近侍である加州清光だ。
叶弥より少し高い背丈の彼は、ちょっとだけ見下ろせるのが嬉しいらしい。彼女を「主」と仰ぎながらも、若干過剰とも取れるスキンシップをはかりに来ることが多々ある。絡まれる本人としては、行動や言動の端々に垣間見える幼さに無下に振り払うことも出来ずに大体がされるがままなのだった。
ただ居候の身としては、加州清光にも少しは働いてもらいたい。汚れ仕事を嫌う彼に掃除は難しいのだろうが、叶弥は叱咤激励して手伝わせているのが日常となっていた。
「叶弥さんは加州のあるじなんですよね?あまいっていわれませんか?」
「…自覚はしてるんだけどね。どうも調子が狂うんだよ、加州は」
「まーこどもっぽいからしかたがありませんねぇ」
「それを今剣(いまつる)が言っちゃうか?」
えへへ、と屈託ない笑顔を見せるのは、最近仲良くなった今剣だ。言い難いので叶弥はいまつる、と呼んでいる。
カノン曰く、叶弥は女子供に甘いもとい、めっぽう弱いらしい。なんでも、かわいいから守りたくなるんだそうだ。そう言った時に三日月が「それは、ろりこん、しょたこんと言うやつか?ははは、残念だなぁ、俺は大きいからなぁ」とのたまったのはついさっきの話。
「三日月のやつ、何考えてんだ」
「あの爺さん、叶弥に興味があるみたいだった。ちょいちょい俺らの前に現れるだろ?見張ってんのかな」
「気色悪い事言うな」
この本丸で顔を合わせて会話をした刀剣男士は、三日月宗近・今剣・小狐丸・石切丸・和泉守兼定・燭台切光忠・薬研藤四郎だけだ。他の刀剣男士達とは時間も合わず、姿すら見たことがない。それ自体は構わないのだが、と叶弥が漏らすと、加州清光は不満げに口を歪めた。
「叶弥には俺がいるからいいじゃん」
「そうもいかんだろ。怪しまれて切られたくないし」