第3章 歪な存在を囲うもの
「早合点しないで欲しい。君たちのその力はあの三日月が買っているんだ。あの場に居合わせた小狐丸と薬研も同様に」
(買うほど力を見せた記憶もないんだけど)
叶弥が人の名前を覚えることが苦手なのは、単純に「苦手」なだけではなく、他人に対する興味が希薄なせいだ。それは、確定的に訪れる別れの痛みから逃れるためだと言っていい。思い入れが強ければ強いほどそれは心身を抉っていき、心に消えない痕を残す。
それを知っているカノンは、蒼司の言う「買う」と言う言葉に僅かに眉を動かした。
(あの付喪神、叶弥を気にしているようだった。ただの興味とも言い難い視線…あまり接触させたくないな)
今まで渡ってきた世界を回顧するカノンは、叶弥が神々から好かれがちな存在であることを認めざるをえないでいた。自らの神気(マナ)を分け与えているせいで、人間とは違う時間を刻む叶弥。単純にそれだけならまだいい。
カノンがずっと秘匿し続けている秘密と関係があるのかはわからないが、どうもカノンの神気とは別物の“なにか”が叶弥の存在を、本来ただの人間である彼女を変えていっている気がしてならない。
(まさか━ね)
首を振って疑念を払うと、カノンは蒼司の言葉に続けた。
「ようは、居候させるかわりに、力を貸せと。そういうことだよね」
「話が早くて助かるよ。私の刀剣男士達は練度も高くて強いほうだと自負している。が、検非違使や今後許可されるであろう場所にいる者達に必ず勝てるとも限らない。なに、君たちの事は私とこんのすけでうまくやり込めておくよ。ここにいる間だけでいい、力を貸してくれないか?」
叶弥は首を傾げて天井を見ている。視線を泳がせてひとしきり思案すると、不満げに漏らした。
「…結局拒否権ないじゃん。匿ってやるから働けって話だろ?…………………わかったよ」
「はは、契約成立だ!」
何がそんなに嬉しいんだよ。ブツブツと隣でボヤく片割れを見て苦笑する。
なんだかんだで周りに助けられる事が多々ある彼女の生まれ持った人徳なんだろうとカノンは思う。過去生、沢山のものに裏切られ傷つけられてきたはずなのに、結局信じることを止められない叶弥の魂の本質に惹かれて止まないのかも知れないと、目を細めたのだった。