第1章 今度は何事!?
「……はて、あれは何であろうな?」
「どうかしましたか?三日月殿」
「いや、な。あちらに砂煙を巻いて走っている者が見えるのだが…」
およそこの戦場に不釣り合いな位の風貌をした三日月と呼ばれた男は、優美な仕草で口元を袖で隠しながら軽く小首をかしげた。濃い青に美しい紋様が見事な狩衣を纏っている。呼ばれた名前を主張するかのような金の三日月の刺繍が、彼の存在を際立たせていた。
となりでふむ、と目を細めた白い髪の男が身を乗り出して三日月が言う方角を凝視する。
「…二人いますね。後ろにいるあれは、……検非違使!?」
「あなや」
「三日月の旦那、検非違使って聞こえてきたんだが」
「薬研に小狐丸よ。主命外になってしまうが、あれを排除しに行こうか。あの者達をあのままにもしておけまい?」
指さされた先をみて驚いたように目を見開いた、薬研と呼ばれた少年はなおもそちらを注意深く見やる。背格好こそはまだまだ子どもだが、その目には隙を感じさせない力が宿っているようだった。
陽の光をさえぎったのか、荒野に雲の影が落ちる。
彼らは無言で頷きあったのだった。
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「こい、つ、まだ、追いかけてくるッ!!」
「そうだねぇ、そろそろ、僕も、体力の限界」
「飛べよ!お前神様だろ!」
「はははははは」
「ははははは、じゃない!!」
隣合って全速力で走る私とカノンを、異形の者が先程から距離が変わらず追いかけてきている。自慢じゃないが、足はそんなに早くもないし、遅くもない。取り立てて秀でた能力を持ち合わせない私が何故こんなことに巻き込まれるのか、本当に理解に苦しむ。
世界を渡る度に、初っ端からこうしてトラブルに巻き込まれてきたに違いないのだ。
曖昧で断言できないのには理由がある。
今とその一つ前の世界での出来事以外の記憶が、私には無いのだ。無いと言うのは語弊があるかもしれない。なんというか、霞がかかったように上手く思い出せないと言った方が正しい。朧気な輪郭は掴めるのだがイマイチはっきりとしないのだ。
(まあ、そんなこと今は大事じゃない。大事なのは)
「私が絶賛大ピンチだという事実だ!嫌だ!死ぬのはゴメンだ!!」
「叶弥!僕は!?」
「この変な奴らをどうにかしろォォォ!!」
カノンの存在云々より自らのピンチだ。どうするか。