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アサギリソウ

第2章 居場所


「…ー三日月?」

気が付かなかった。瞳の中に、三日月のような不思議な色が浮かんでいる。
深い藍色の夜空に漂う、三日月だ。

「そうだ、俺は三日月宗近だが…」
「えっ、あ、あれ?名前?じゃなくて目の中に三日月があったから」
「ああ、この瞳か。そうだな、俺の名前の由来とも言うべきだ。刀身に三日月の打除けがある為、そのように呼ばれるようになったのだ」

自分の瞳を指さし、ゆるく笑う仕草に一瞬目を奪われる。

「綺麗な目だな…」

聞こえるか聞こえないかの声は、この男には届かなかったのだろう。三日月宗近は表情を崩さずに座っているだけだった。

しかし、刀身か。
つまりは加州清光と同じという事か。
ふと部屋の隅に意識を向け、一振りの刀が置かれていることに気づいた。

「あれか?三日月の本体は」
「そうだ。俺達は刀剣男士と言って、審神者の力により、こうして人の姿を顕現せしめている。この本丸には他にも多数の刀達が存在しているぞ」
「さ…はにわ?…まあいいや、なんとなく分かったよ」

私はゆっくりと立ち上がり、刀に吸い寄せられるように歩を進める。三日月宗近はただ黙って私の様子を見ているようだった。

縦に立て掛けられたそれを、人差し指で鐺、鞘、下緒までなぞる。取り上げたそれは、加州清光の物より大きくて重かった。
鯉口と柄を握り、そっと刀身を引き抜く。

障子越しの朝日が、刀身を鈍く光らせその存在を主張している。
私は魅入られたように、目が離せない。

「綺麗だけど、……怖いな、三日月は」

三日月の打除けを食い入るように見つめると、作り手の想いが流れ込んで来るようだった。
刀は武器だ。触れたものを切り裂き、この世の命の流れを断つ存在。しかし、奥に込められた安寧への願いが伝わるようで、その二律背反が実に人間らしいと思えた。

「三日月の存在そのものだな、この刀は。この矛盾が綺麗だと感じる。人間くさくて、嫌いじゃない」
「……」

言い方がダメだっただろうか、つい口にした言葉への反応はなかった。

暫くお互いの息遣いしか聞こえない時間を共有する。それが不思議と居心地が悪くはなくて、私は手にした刀をずっと見つめていたのだった。


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