第28章 うたかたの夢/上杉謙信
「……!……様……謙信様……」
遠くから俺を呼ぶ声がする。
その声を聞いていると胸が締めつけられるようだ。
鈴が鳴るような軽やかな声音。
「起きてください……ねぇ、謙信様」
髪に触れる指が愛おしくて俺は寝たふりをする。
目覚めてしまえば凛がいない事を思い知ってしまう。
夢の中での凛との逢瀬を楽しんでいたい。そう考えてしまう俺は案外、女々しい男だ。
「謙信様……風が冷たくなってきましたよ。起きてください」
頬を優しく包み込こむ凛の手が温かい。
夢だと分かってはいる、わかってはいるが胸が焦がれてしまう。
このぬくもりを手放したくはないのだ。
「もう……!起きないと……」
「っ……!」
「鼻を抓みますよ」
言い終わる前に既に鼻を抓まれていた。夢だというのにその痛みはかなり現実的で眉をしかめてしまう。
(夢とはいえ残酷だな。本当に凛がいるような錯覚に陥りそうだ)
夢と知りながらも凛をひと目見たくて薄目を開けてみるとぼんやりと凛の顔が見える。
(逢いたかったぞ)
無意識に手を伸ばすと俺の手にすっぽりと収まる凛の頬。
柔らかくて温かい__
俺の手に重なってくる凛の手。
お互いに触れ合う事の出来る喜びに俺の口角が緩んでしまう。
「さあ、起きて下さい。もう膝枕の貸し出しは終了ですよ」
「そうつれない事を言うな」
「おはようございます、謙信様」
くったくのない笑みを俺にむける凛。
「……俺はまだ夢を見ているのか?」
「夢……?」