第5章 月光
何ヶ月か滞っていた家賃の一部を振り込んだ。
それから光熱費と携帯料金を支払うついでに、それまで二つ折りだった携帯をスマホに変えた。
厚かった財布は、あっという間に薄くなった。
出来ることならあの金に手を付けたくはなかった。
そのまま松潤に突き返してやろうとも思った。
でもそれよりも当面の生活を選んだ。
通りがかったタクシーに手を上げ、ドアが開くと同時に乗り込んだ。
場所なんて朧気にしか憶えちゃいない。
大体の場所を運転手に告げた。
暫く走ると、車窓に一際目立つ建物を見つけた。
夜見るのとは全く違った雰囲気のビルの前でタクシーを降りた。
自動ドアをくぐると、如何にも品の良さそうな店員が、“いらっしゃいませ”とお決まりの台詞と、極上の笑顔で出迎えてくれた。
明るい店内には、所謂セレブと称されるような客と、上質な生地で作られた洗練されたデザインの服。
俺とは無縁の世界。
場違いなのは火を見るより明らかだった。
無言で店内奥のレジカウンターに歩を進める俺を、そこにいた誰もが振り返り、頭のてっぺんから爪先まで品定めすると、蔑むような笑みを浮かべた。