第4章 G線上のアリア
目覚めると、ベッドに居るはずの大野さんの姿がない。
「いてて…」
座ったまま眠ったせいか、腰が痛んだが、なんとか立ち上がると、薄いガラス戸を引いた。
「大野さん?」
呼びかけても反応はない。
小さなシンクに向かって、表情は見えないものの、その手にはキラリと鈍い光を放つ包丁が握られている。
「ちょ、大野さんアンタ何やって…」
慌てて駆け寄ると、目に入ったのはまな板と、そこに置かれた白い大根。
なんだよ…ビックリさせんなよ…
「和、おはよ…」
俺の心配は他所に、いつものおっとりした口調が返ってきた。
「すぐ出来っから、朝飯食ってけよ?」
慣れた手つきで大根を切って、鍋の中に入れた。
「あぁ、うん。それより大野さん熱は?」
「多分…ない。もう大丈夫」
多分て…
でも本人が“大丈夫”って言うならそれを信じるしかない。
暫くすると、味噌の匂いと、米の炊ける匂いが狭いキッチンに溢れた。
それは食欲を唆った。