第13章 ひとりじゃないさ
「ネクタイ、貸して?」
目の前に差し出されて翔君の手に、ネクタイを乗せた。
ワイシャツの襟が立てられ、そこに翔君がネクタイを通していく。
首筋に時折触れる翔君の手に、身体が緊張するのが自分でも分かった。
「じっとして?」
俺を見下ろす翔君の目が、優しく細められる。
でも、その口調にはやっぱり”棘”があるように思えるのは、俺の気のせいなの?
それにさっきから和とは口も利かないどころか、目も合わせようとはしない。
「はい、出来たよ?」
「…ありがとう…」
「じゃ、行こうか?」
俺の手を翔君の手が引いた。
「あの、ちょっと待って? おばちゃんに”行ってきます”しないと…」
「そうですよ、ちゃんと挨拶してきなさいよ、ほら」
翔君とは反対の手を、和の手が引っ張った。
「そうだね。昨日は禄に挨拶もしないで帰っちゃったから、一度きちんと挨拶しとかないとね」
「うん…」
翔君の手が俺の腰に回り、和の手が自然と離れた。
店の引き戸を開け、暖簾を潜ると、おばちゃんがニコニコしながら駆け寄ってきた。
「おばちゃん、行ってきます」
俺はおばちゃんに向かって軽く頭を下げた。
その隣で翔君も、深々と頭を下げる。
「櫻井です。昨日はちゃんと挨拶もしないで…」
「アンタが”翔君”だろ? さとちゃんのこと頼んだよ」
堅苦しい言葉を並べる翔君を、おばちゃんの豪快な声が遮った。