第11章 Amazing Grace
智のいない空間は、酷く寒々しくて、虚無感だけが俺を包んだ。
隣にあった筈の温もりがそこにない、ただそれだけのことなのに、ポッカリ穴が開いてしまったように心が空っぽになった。
手放したのは誰でもない、自分なのに…
智の気持ちが俺にないことなんて、初めから分かっていた。
それが俺に向けられることは永遠にないことも、分かっていたこと。
智の笑顔が見られるだけでいい…
例え翔の身代わりだとしても俺を求めてくれるだけで…
智が傍にいてくれるだけで、それだけでいいと思っていた。
でもそんな関係にはいつか限界がくる。
ほんの小さな”ほつれ”は、やがて大きな”綻び”となる。
そうなる前に智を翔の元へ返そう。
智が壊れてしまう前に、智が本当に心の底から愛する人の元へ…
俺は智に嘘をついた。
仕事の都合で海外へ行くことになった、と…
当然だが智は一緒に行きたいと言った。
でもパスポートの申請が間に合わないことを理由に、俺はその願いを聞き入れることはしなかった。
智はまるで子供のように泣いて、駄々をこねた。
普段あまり感情を表に出さない智だから、そうなってしまうとなかなか手がつけられない。
俺は“一週間だけだ”と嘘の上に嘘を重ね、納得したところで智をニノに託した。
ニノなら智に、ちゃんと進むべき道を示してくれると、そう思ったからだ。