第10章 「新世界」より
風呂上りに母さんが用意してくれたのは、真新しいパジャマ…だけど、どう見たってコレ親父のだよな?
俺は仕方なくそれに袖を通した。
濡れた頭をタオルで拭きながらリビングに 入った。
「風呂、ありがとうございました」
リビングのソファには、缶ビール片手に趣味の盆栽を愛でる親父の姿があった。
「翔も飲むでしょ?」
母さんから缶ビールを受け取り、俺は親父から一番離れた席に座った。
盆栽の余分な枝葉を剪定する親父の丸めた背中に、年を取ったなと思ってしまう。
「翔、盆栽ってのはな、どれだけ私が手塩にかけて育てても、私は最後の姿を見届けることは出来ないんだよ。人の寿命よりもずっと永く生き続けるんだ」
普段は寡黙な親父が、多分アルコールのせいだろうけど、珍しく饒舌だ。
「知りませんでした」
親父は剪定鋏をテーブルに置くと、背筋を伸ばしソファの背に凭れかかった。
「それはそうだろうな、お前はまだ若いから」
そう言って親父はフッと笑った。
こんな穏やかな親父の顔、俺は知らない。
「永く生きた盆栽は、人から人へ受け継がれ、何百年も生き続ける。大事に育てれば…だがな? 何百年も生きた盆栽には、価値が生まれる。人間も同じなんだよ、翔。親から子へ、子から孫へ…受け継がれて行かなければいけないものなんだ、分かるか?」
親父は盆栽に目を向けたまま、ゆっくりと言葉を紡ぎ、俺と母さんは親父の言葉に、ただ無言で頷いた。