第10章 「新世界」より
俺はその場に跪き、両手を床に付けると、頭を深々と下げた。
「最後のお願いです。僕を櫻井の家から除籍して下さい」
櫻井家の息子でいる以上、この先俺は何度も同じような後悔をすることになるだろう。
ならば俺は櫻井の家を捨てる。
「それがお前の覚悟か?」
親父の声がシンとした部屋に低く響いた。
親父にとってはただの我が儘にしか聞こえないかもしれない。
でもこれが俺の覚悟だ。
「僕には彼しか考えられないんです。今までも、そしてこれからも…。だからお願いします、僕を…」
親父が2本目の煙草に火を着けた。
スッと吸い込み、少し長めに煙を吐き出すと、眼鏡を外し机の上に置いた。
「お前といい松本君といい、全く呆れた奴らだ…。私にはあの子に人生をかける程の価値があるとは、到底思えないが…」
俺はその言葉に、床に擦り付けていた頭を上げた。
「潤…潤がどうして…?」
「つい先週のことだったか、松本君が私を尋ねて来たんだよ。そして今のお前と同じように私に頭を下げて、こう言ったよ。“翔さんを自由にしてやって下さい”とな…」
暫く海外へ行く、そう連絡を貰ったのは先日のことだ。
あの時、そんなこと一言も俺は聞いてない。
予想外の展開に、ただ呆然とする俺の前に、親父が跪いた。
そして俺の頭に手を乗せ、その手で俺の頭をポンポンと軽く叩いた。
「…父…さん…?」
「今度彼を連れて来なさい」
そう言った親父の顔は、今まで見たこともないぐらい、暖かくて優しい笑顔だった。