第10章 「新世界」より
親父は押し黙ったままタバコの煙を燻らす。
この沈黙こそが、俺にとっての最大の拷問だと、親父は知ってる。
昔からそうだ。
親父は俺が耐え切れなくなって悶える姿を見て、その眼鏡の下の冷たい目でほくそ笑んでいるんだ。
いつだって俺は親父のその目に支配されて来たんだ。
でも、俺だってもう子供じゃあない。
いつまでも親父の支配下にいるつもりもない。
「お父さん、僕はずっと前から好きな人がいます」
俺の言葉に親父の目付きが更に鋭く光った。
「ほぉ…。お前に好いた相手がいるとは、それは初耳だ。で、どこのご令嬢なんだ?」
「お父さんもご存知の筈です。僕が好きなのは、今も昔も変わらず智だけ………っ!!」
書斎机に詰め寄った俺の目の前に、無数の星が散った。
覚悟はしていたものの、実際に平手を喰らえば想像以上の痛みが走った。
「許して貰えないのは承知の上です。でも…」
「これ以上お前と話しても無駄だ。下がりなさい」
親父は一蹴するように煙草を灰皿に揉み消すと、革張りのエグゼクティブチェアの背凭れに深く身体を預けた。
あからさまな拒絶。
こうすれば俺が諦めて引き下がる、親父はそう思っている筈だ。
ならば俺は最後の賭けに打って出るだけだ。