第10章 「新世界」より
一呼吸してからインターホンを押した。
元々は自分の家なのに、変なところで遠慮してしまう自分に笑いが込み上げる。
『あらあら、翔坊ちゃん。とうぞ』
応えたのは家政婦の照さんだ。
直ぐにカチャンと軽い音を鳴らして門が開いた。
門から玄関へと続く石敷を、照さんがパタパタと草履を鳴らして走って来るのが見えた。
「久しぶりだね、元気にしてた?」
照さんは俺の元まで駆け寄ると、深い皺を無数に刻んだ手で俺の手を取った。
まるで懐かしむように何度も俺の手を摩り、細い目を余計に細めて笑った。
「坊ちゃんこそお元気そうで…さ、どうぞ中へお入り下さい?」
照さんが俺の手を引いた。
俺は照さんに引かれるまま、パタパタ鳴る草履の足音について行った。
玄関ドアを開けると、照さんがスリッパを用意してくれた。
お客さん用のスリッパを…
「ありがとう」
俺は用意されたスリッパを履き、二階へと続く階段へと足を向けた。
「旦那様が書斎でお待ちです」
俺がこうして訪ねてくることまで親父にはお見通しってことか…
「分かった」
俺は短く返して階段を登った。
廊下突き当りの書斎へ向かう途中、俺は高校卒業までの日々を過ごした自室のドアを開けた。