第10章 「新世界」より
元々自分から進んでこの見合い話を引き受けた訳ではない。
勿論最初は親父に言われるがまま、会うだけならと渋々承諾した。
親父にだけはこの年になっても逆らえずにいたから。
でもそう思っていたのは本当に最初だけで、今は違う。
俺は失ったものをもう一度この手に取り戻すためだけに、この場にいる。
「ちょっと座りませんか?」
慣れない草履に時折顔を歪ませる結を、木陰のベンチに誘った。
人工的に造られた小川が、日差しを浴びてキラキラと光るのを横目に、俺は隣に座る結に向かって深々と頭を下げた。
「えっ、なんですか急に? やだ、頭上げて下さい」
「失礼なのは重々承知の上なんだけど、この話はなかったことにして貰えないだろうか? 勝手なのは分かってる。申し訳ないとも思ってるけど、この話を受ける訳にはいかないんだ」
俺達の間に、さっきまでの和やかな空気はもう無かった。
あるのは重苦しい空気だけ。
頭を下げたまま、俺はただ時間が過ぎるのを待った。
そして漸く開いた結の口から出た言葉に、俺は下げていた頭を上げた。
「良かったです。実は私、どうやってお断りしようかと、そればっかり考えてたんです」
「へ?」
俺の口からはとんでもなく間抜けな声が漏れた。